タバコをやめられた。
この出来事は私の大きな決心である
「物書きになる」ことに付随した
小さな決心でした。
以前書かせていただいたように
「吸いたくなったら、又吸えばいいや」
という気持ちが功を奏したと言えます。
タバコをやめられた
一昨日から私はタバコをやめている。
ひとつの決心である。
タバコというタイトルで書いたように、
医者から言われたことが引き金になった。
しかし、
根本は千日解放のためだ。
これからは、
身体の管理がいままで以上に重要さを帯びてくる。
自分で身をもってやっていかなければ、
千日解放も成就できないであろう。
物書きになるための、
短いような長いような道程を、
大きな決心と小さな決心の綾で、
織り成していかないとならないのだろう、
と考えたからだ。
大きな決心には犠牲が必ずある。
今回、
私の大きな決心は「物書きになる」ことだ。
当然いくつかの犠牲が生まれた。
サラリーマンとしてのつきあいを最低限にする、
みたいテレビもみない、
そしてタバコもやめた。
これらのことは、
考えてみればすべてどうでもよいことであった。
犠牲といえるほどではない。
しかし大きな決心の犠牲になるものは、
そのつど小さな決心なくしてはできない。
サラリーマンにとって最大の決心は、
自分の意思でサラリーマンを辞めること、
以外にあろうか。
辞めることによって、
その肩書がなくなるわけだから、
これほど大きな決心はない。
人間が、人間をやめる
くらい大きな決心かもしれない。
いまのサラリーマンにとって、
それほど劇的な出来事なのだろうと思う。
人生はたった一度だ。
それ以上でもそれ以下でもないのだから、
やりたい放題はできないにしても、
せめて自分のやりたいことに没頭できる、
充実した時間を積極的に求めたい。
そのためには、常に、
心身共に、
きちっと管理しておかなくてはならない。
あと20年であれ30年であれ、
私たちのために生きてゆきたい。
妻とともに。
執筆日:1998/05/28(木)
編集後記
あと数年で私たち夫婦は金婚式を迎えます。
長い間、
お互いに支え合ってきた夫婦です。
この先もずっと二人のために生きてゆきたい。
そのきもちは生涯変わりません。
👉第21話はこちら
МRI|私は医者に恵まれていないのか?

