人は人生の節目で、
自分の生き方を見つめ直すことがあります。
第151話は、
父の死をきっかけに
「残された時間」を考え、
作家を志す第一歩となった
心の変化を綴った一篇です。
人生には、まだ三十年あると思えた日
突然作家を目指した本年(1998年)三月の末、
私は48歳であった。
48にして、
なぜ作家になろうと思ったのか、
未だに分析しきれてない。
次に述べるのは、
理由のひとつであろう。
私の父は一昨年亡くなった。
享年77歳であった。
私が父の年齢まで生きるとして、
本年を含めてもあと三十年、
と思った。
そのとき、
いまのままでいいのか、
と無意識に感じたのかもしれない。
サラリーマンで終わってしまってもいいのか、
と。
むかしから私は、
人間は様々な使命を持って
現世に生かされているのではないか、
と思っていた。
しかし現実に生活をしていると、
忙しさにかまけて、
そんなことは微塵(みじん)も考えずにすごしてしまう。
そして気がついたときには、
今更どうしようもない年齢に達してしまった、
と誤解しあきらめてしまう。
私があと三十年、
と感じたのは、
今更どうしようもない、
と考えたのではなかった。
まったく逆だった。
三十年あれば、
十年単位で考えても、
まだ三回も大きな仕事ができるではないか、
とごく自然に感じた。
私は作家になることが、
自分の使命を果たす大きな柱になるだろう、
と思ったのだ。
それこそ人によっては十年もあれば、
普通の人が一生かかってもできないようなことを
成し遂げる人もいる。
時を過ごすか、
時を活(い)かすかは、
人自身による。
ただ過ごしても、
小説を書いても一時間は同じ一時間だ。
三十年の一年目に、
どれだけのことができるか。
半年すぎたが、
まだ結果は何ひとつ出ていない。
あせるつもりはないが、
ゆっくりもできない。
着実に一歩一歩を
踏みしめていかなければならない。
サラリーマン解放させるため作家になるのか、
作家を目指した結果、
サラリーマンから解放されるのかは、
もうどちらでもいい。
作家としての仕事に専念したい。
執筆日:1998/10/06(火)
編集後記
『動機の分析』は全4回で構成しています。
作家を志した背景や、
『サラリーマン千日解放』という
タイトルに込めた思いを綴っています。
ぜひ、
第151話から第154話まで
続けてお読みください。
👉第152話はこちら
動機の分析(2)|近道ではなく、自分の道を選ぶ

